なにげない日常の記録

40代になったら人生の折り返し。無理して、出世したり、大金稼いだところで何の意味があるのか。そう考えたら執着しなくなって、勉強を楽しめるようになってきた。

40代から勉強がたのしくなる

40代半ばにもなると、

人と比べるということが減ったように思う。

というよりは、比べたところで大した

違いはないと思うようになった。

 

学生時代には、学校の成績を比べたり、

どこの学校に通ってて、偏差値がいくらとか、就職してからは、どんな会社に勤めてて年収はいくらで、役職は何とか、いろいろ比べて気にしていたと思う。まだ、働いているから、役職については多少、気になるけど、気苦労の割にとても見合わないよな、と思う。

でも、その後、いろいろ経験したり、歳を重ねると大した違いはないよな、と感じるようになった。明日には、大地震が起きて家が無くなるかもしれないし、健康診断に引っ掛かって、検査で大病が見つかるかもしれない。今は若いかもしれないが、あっという間に歳をとる。どれだけ大きな家に住もうが、お金がたくさんあろうが、行き着く先は大して変わらない。

 

なので、あまり気にしなくていいのではないか、それらを得るために、あれこれ悩んだり、嫌なことに耐える必要もないのではないか、と思えるようになった。

最低限のお金があって、家族が元気で、住むところがあれば、それで十分。

 

そう思えるようになってから、改めて、勉強してみると楽しさが分かってきた。これまで、高校生のときは受験に縛られていたし、大学生のときも就職に追い立てられていたから、楽しむ余裕がなかった。

あと何年生きるのかは分からないが、死ぬまでに、とても全てを知り尽くすことはできないから、無限の楽しみを見つけたのかもしれない。

何かのために勉強するわけではないから、別に分かるまで時間をかければいいし、受験勉強のときには、数学なんか、何の役に立つんだろうか、みたいなことを考えていたけど、改めて、勉強してみると、分かったときの爽快感はクセになる。急き立てられて理解することもなくて、腰をすえて、じっくり考えられるから、『理解できた』と腑に落ちるまで、時間をかけられる。そこまでやると、勉強とはたのしいもの。