時間の確保
何年か前に『朝活』で資格試験の勉強とかやるのが流行っていたけど、朝は苦手なので、基本的には家に帰ってきて、夜に勉強することになる。仕事から帰ってきて、もろもろの家事を終わらせて、だいたい9時頃から開始できる。日をまたぐと、睡眠時間が少なさで、能率、注意力が極度に落ちるので、それまでに寝るようにしている。これでいくと、毎日2時間から3時間は勉強できる。以前は、通勤電車でも本読んだりしてたけど、今は乗車時間が短いので、ほとんどできていない。テレビはほとんど見ない、阪神の野球中継くらい。休みの日は、どこも行かない日は、朝から昼、昼から夕方、夕方から寝るまで、買い物や料理などの家事をしながら、断続的にやっている。リビングでやってるので、家族間の会話もできる。どこにも行かない休日は、たぶん、10時間くらいか。『目標何時間勉強する』みたいに、ストイックに勉強するのは息がつまるので、気が向いた時に、教科書開いてやる感じ。こっちの方が体にいい気がするし、長く続けられるように思う。
若い頃のあこがれ
10代20代の中学生や高校生の若い頃は、一気に勉強が進んだり、短期間に理解できたりするのにあこがれはあった。あと、才能の有り無しで、とくに『数学は才能』とか、言われてたので、うらやましかった。いまになって思うのは、少なくとも受験レベルでは『才能』なんかないよな、と思う。才能よりも、いかにコツコツできるのか、継続力にかかってると思う。毎日、勉強していると、調子いい日はどんどん進んだり、理解できたりするけど、反対に全然ダメな日もある。そんな、毎日どうなるか、分からないような不安定な調子にあわせるのではなく、毎日、ただ続けるだけ。
ビジネス書から数学書へ
最近、読書量が減った。20代、30代のころは、手当たり次第に、ビジネス書を読んでいた。自己啓発や能力アップ系、読書術など、たくさん買って読んだ。帰宅時の電車の中でワクワクしながらあっという間に読みきったこともある。今では意識することはないけど、血肉となって無意識に役立っているのもあるかも知れない。なかでも勉強の重要性を説いた本は非常にためになっていると思う。働きだしてから驚いたのは、読書したり、勉強したりする社会人がレアだったことだ。確かに、仕事で必要な項目は勉強しているが、そのイベントが終わってしまえば、ゴミ箱に捨ててしまうような印象だった。さながら、中学校か高校の定期試験のように。そこで上手く行った人が多かったので、仕事もその延長みたいなものだったんだろう。仕事に関わりのないことを勉強するのは、時間のムダだと言わんばかり。なので、仕事が終わってから、読書や勉強に時間を費やすのは、理解されないから、口外しなかった。読書や勉強の重要性は、本から得たものだった。そういう系統の本は、背表紙の題名をみて、すぐに購入した。ただ、大型書店に行って、勉強法の類いの書棚を見ても、本のメンバーが代わり映えしなくなった。ビジネス書も厭きてきて、パラパラ眺めてもいいものが見当たらなくなった。10年前頃には、飛ぶ鳥を落とす勢いのあった有名な経営者が凋落するのを何度か見ているうちに、その系統の本を読む気がしなくなった。まったく読まないのもよくないかと思って、ビジネス系統ではレイ・ダリオの著者を読んでいる。
さて、ビジネス書から卒業したあとは、数学書を読むようになった。これまでは一番辟易していた分野だ。興味はあってあこがれもあるけど、何せ内容が難解で読むのに時間がかかる。しかも一読しただけでは、絶対に分からない。何度も何度も書いては考えて、前に出てきた定義や定理を読み返して、進んでは後退する、の繰り返し。そうこうしているうちに、いつの間にか、わかる瞬間が来るのにはまっている。
コツコツの積み重ね
毎日、コツコツやっていると、能力が上がってきているのが感じられる。例えば、ごちゃごちゃして、何が言いたいのか、よく分からない資料をスッキリ明快に、整理できたり。あとは、じっくり考え続ける体力、持久力があがったり。分からない専門用語にまったく怖じ気付かなくなったり。そうやって、培った能力を使ってみると、外からは、簡単にやっているように見えるんだろうけど。ここで安売りしてしまうのは、よくないので、ほどほどにしておかないとな。別に、評価があがるでもないし、給料にも反映するわけでもない。やって当たり前と思われるだけ。ただただ、毎日、コツコツと積み重ねたことだけは、残っているから、大丈夫。他人の能力で手柄とってもただのメッキ。コツコツの積み重ねだけは身に染み込んでいる。
暑い日はやる気が出ない
9月になったけど、日中はまだまだ暑い。こういう暑い日は、体がだるくて、やる気がでない。やる気が出るのを待っていたら、日が暮れてしまうので、とりあえず、教科書を開いて、鉛筆を持って書き写していく。理解できなくてもいいから、とにかく手を動かす。そうしているうちに、やる気が出てくることが多い。もし、30分から1時間続けていても、やる気がでないなら、それは疲れているからだろう。なので、そういうときは、とっとと寝る。
数学は『理解するのではなく、慣れること』
数学の勉強で重要なのは、当然、理解することだと思っていた。しかし、最近、知ったことだが、フォン・ノイマンが『数学は理解できない、慣れることだ』と答えたとか、なんとか。本当なのかどうかは、文献などには書かれていないらしいけど、そう思っている節があって、後付けで言ったことにした可能性もあるみたい。ただ、この言葉を聞いて、なんとなく腑に落ちた。確かに、定義や定理、証明を読んだり、書いたり、例を書き出したり、いろいろ数学に触れているうちに、何となく、わかってきて、ある日、突然に目の前が拓けたような感じになるときがある。これが『理解した』ということなのか。この感覚なら『慣れた』とも言えるかな、と思う。一つの定理を勉強して、理解したから次の定理・・・みたいに階段を1歩ずつ上がって行くようなイメージではない気がする。とにかく、今日も時間の許す限り、鉛筆で手書きで紙に定理と証明を写すのを続ける。